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初代一歩。ブログ

地に足をつけたらどこまでも堕ちる。しかし私に羽根はない。

異世界に鉄槌を:序『』~ 二『当日』

 
 昨日、生まれて初めての彼女ができた。
 
 彼女は、優しくて、かわいくて、高貴で可憐でもちょっとだけ抜けてるところもあって、そこがまた可愛くて。
 いつもにこやかな彼女を見ているだけで、どんなに嫌なことがあっても、心の中の雲が晴れるような気がする。
 明るくて、人に嫌われるような要素なんて俺から見たら何一つ無くて、清く正しく美しくなんて、彼女のためにあるような言葉だとさえ言えるほど。
 頭もよくて、成績もいいし、話をすれば知性を感じる。けれどもそれを鼻にかけたりはしない。謙虚で、さわやかで、みんなにあわせていろんな話題を持っている。
 彼女の周りにはいつも友達がいるけれど、彼女だけ、なにかキラキラとした光をまとっているようだった。
 
 短くまとめれば、天使。そう、彼女の正体は天使なのだ。
 
 もちろん、天使が男にモテないわけが無い。女でさえ、天使相手なら好きになっても不思議じゃない。
 そんな彼女が、自分なんかとお付き合いしてくれるなんて、俺は考えたりしない。人に言えば、身の程知らずとか、鏡を見てみろと、指をさされて笑われることは想像に難くない。
 妄想の中で、彼女が恋人ならいいのに、と考えるだけ。それが分相応で、だから、彼女は俺の人生の中、ほんの一瞬すれ違うだけの存在のはずだった。
 だから、それこそ、奇跡がいくつかまとめて起きたのだ。
 
 もし神がいるなら、俺は誰よりも愛されている。そう思った。
 
 
 
 一、前日
 
 
 
 ある日の放課後。俺はいつも通り、一日で最も充実した時間を送っていた。
 エアコンの効いた図書室で、静かに手塚作品を読む。無論、もう二十回以上読んでいるブッダを復習するが目的では無い。
 俺の目的は、図書委員に所属する彼女に会いに来たのだ。
 校庭から聞こえる球児の声と金属バットの音、蝉の声、トランペット。西に傾いた太陽が、オレンジ色に照しつけ、クーラーが低く唸る。
 壁時計の数分遅れた分針がコチ、と、動く。
 彼女が本から視線を外し、壁時計を見て、続けて腕時計を見て、それからまぶしそうに外を見た。
 
「あの、眩しくないですか? カーテン、あけておいて」
 彼女が、貸し出しカウンターの向こう側からそういった。俺は、まず振り返った。次に周りを見渡す。図書室内には、俺と彼女しかいなかった。
 彼女が話しかけたのは、俺だ。
「あ、……はい、ちょっと、眩しいですね」
 返す言葉がかすれて、顔が熱くなった。彼女は、ちょっと笑って「閉めますね」と、俺が座っている席近くのカーテンを閉めていった。
 彼女が後ろを通ったとき、ふわりと甘い匂いがした。
 
「いつも読んでますね、それ」
 背後から彼女が話しかける。俺は、ついつい頷くだけで返事をしてしまう。本当はもっと話をしたいのに、気持ちとは裏腹に、全然言葉が出てこない。
「好きなんですか?」
 彼女が言った。心臓が痛い。エアコンが効いているのに汗が止まらない。
 
「はい」
「私も好きです」
 
 もう爆発寸前だった。もう、冷静に取り繕うにも、指が震えて視界がぷるぷるする。
「……いい、漫画ですよ……ね」
 たった一言、言葉を発するたび、口から心臓が飛び出していきそうだ。
 
 
「私は、あなたが、好きです」
 
 
 校庭から聞こえる球児の声と金属バットの音。
 蝉の声、蝉の声、蝉の声、蝉の声。
 
「俺も、好き。です」
 
 精一杯に虚勢を張り、しかし冷や汗を流しながら答えた。すると、彼女はほ、と胸をなで下ろし、ほほえむ。
 
 
 
 
 …………
 
 
「と、だいたいこんな感じだ」
 俺は、コーラをゴクリと飲み込んだ。
「全くリアリティの無い話だ。暑さでやられたか、童貞をこじらせて白昼夢を見たか……」
 友和は、やれやれ、かわいそうに。と頭を抱えた。
「自分で聞いておいて、何だその言いぐさは」
「すまんな。だが、まさかお前に彼女だなんて、しかも、相手が天坂さんと来れば、信憑性に欠けるのは仕方ないことだ」
「言っておくが、それは『去年の』夏のことだからな」
「一年……黙っていたのか……。どうやら、友達だと思っていたのは、俺の勘違いだったみたいだな」
 友和がわざとらしく嘆いて見せた。
「べつに……言うことでも無い、というか、気付よ」
「だってな、お前に彼女って……なあ」
 俺は、この失礼な友人に昼ドラのように水をかけてやりたい気持ちだったが、残念なことに手元にはコーラしか無い。
「まあ、それはいいとしよう。証拠もあるしな」
 友和の手には、以前天坂さんと二人で取ったプリクラがある。
「で? 聞きたいこととはなにかな?」
 俺に写真を返しながら、友和が聞いた。今日は、俺がある相談をするためにこいつを呼んだのだ。
「うん……それなんだが……」
 と、俺が口ごもると、奴は、ふん、と、察したような顔をする。
「いや、いい。みなまで言うな。つまり、そろそろ次のステップを所望していると」
 ぐ、と喉の奥が鳴った。
「まあ、そういうことだ」
 明日。俺は天坂さんと夏祭りにゆく。彼女の帰省や、俺の方でも親戚との用事などで予定が合わず、高校最後の夏休み、最初で最後のイベントになる。失敗は許されない。
 友和はモテる。俺の十倍は経験値が高い。そして非童貞だ。不本意だが、明日のセイコウのため。いや、そんなことよりも、彼女にいい思い出をあげるため、こいつに頼んだ。
「わかった。俺に任せておけ」
 友和は、自信満々に言った。
 
 
 
 二、当日
 
 
 
 昨日の作戦通り、昼過ぎ、天坂さんの自宅最寄り駅まで迎えに行った。当初、会場の近くに集合しようと考えていたが、現地集合などあり得ん。らしい。
 俺は、久しぶりに会えると浮き足立っていたのか、四十分もはやく待ち合わせ場所である駅前の書店に到着してしまった。
 相手より早く着け、と言われていたが、少々早すぎたかもしれない。自動ドアが開くと、ひんやりと心地いい空気があふれてきた。
「八雲くん?」
 天坂さんはすでに到着していた。薄青の浴衣がとても似合っている。セミロングの髪に銀の簪が冴えている。
「はは、ちょっと早く来過ぎちゃった」
 と、天坂さんが笑う。つられて俺も笑う。
「またせたかな?」
「うん、二十分くらいね」
 天坂さんは、いたずらっぽく俺を小突いた。
 
 時間を見て書店を出る。ちょうど来た電車に乗り込み、端の方の席に、並んで座った。
 
「八雲くん、絶対、現地集合。って言うと思ってた」
「その方がよかった?」
 天坂さんは首を横に振る。
「よかった」
 
 それから、電車に揺られつつ、他愛ない話をする。十分、十五分、たったそのくらいの時間。
 途中で、会場方面の電車に乗り換える。車内にはちらほらと浴衣姿の男女がいて、天坂さんの声がちょっとずつ、ちょっとずつ、わくわくしてきている。
 会場近くでは、もう大勢の祭りへ向かう人たちがいて、自分たちもそのうちの一組で、ただそれだけのことなのに、愛おしさが止まらない。
 
 
 会場となっているのは、川辺の、大きな公園。そこから近くの商店街まで道路を閉鎖している。広場にやぐらがあって、道には出店がたくさん並ぶ。
「すごいね、このお祭り」
 神坂さんは目をキラキラさせている。俺は、友和と来たことがあったが、彼女は初めてだと言っていた。
 祭りの範囲は、提灯がぶら下がっていて、どの路地からもいい香りがする。
 俺たちはやぐらの方に向かって進んだ。途中、天坂さんが俺の袖をちょんちょんと引っ張る。そこで足を止めて、かき氷やら綿菓子やらを買って、食べながら歩く。
 いつの間にか、天坂さんの手を握っていた。俺はあえてそのままにした。天坂さんが、ぎゅ、っと手を握り、俺も握り返す。
 
 やぐらの周りでは、盆踊りが始まっていた。その周辺だけ気温が上がっているように感じる。
「すごい熱気だね」
 天坂さんが言った。
「盆踊りってさ」
「なに?」
 天坂さんを見る。ほおが少し赤くなっているのは、この熱気のせいだろうか。
「ん、なんでもない」
 
 川の対岸から花火が上がった。祭りのメインイベントだ。この花火を見るために結構遠くから来る人もいると聞いたことがある。
 踊りも中断し、みんなの視線は、光が眩しく咲き乱れる夜空に向いていた。
 つん。と手が引かれる。
 ふ、と天坂さんを見る。俺の頭に手が回されて、そのまま引き寄せられる。
 
 一発。ひときわ大きく、締めくくりと言わんばかりに花開く。やがて、その爆発音も静まった。
 
 俺を引き寄せた細い腕から、すっと力が抜ける。姿勢を起こす。
 
「……ちょっと、眩しかったから」
 天坂さんが言った。真っ赤な頬に一筋のしずく。心臓がどきりと跳ね上がった。
「いえ、今はもう。眩しくはないです」
 そう言って、今度は俺から、彼女を引き寄せた。
 
 
 
 …………
 
 
「八雲くん……」
 天坂さんから体を離した。
「八雲くん、私……」
 
 
 
 
 …………
 ……………………………
 
 
 
 
 
「気がついたぞ!」
「担架! 早く!」
「こっちも燃えてる! 消火!」
 
 
 視界のゆがみか徐々にとれてきた。体が痛い。左肩のあたりが、じりじりするような違和感。
 
「大丈夫か! しっかりしろ! わかるか!」
 
 オレンジ色の服を着てヘルメットをかぶったたくましい男が俺の目の前にいた。
 
「こっち! 要救助一名! 担架回して!」
 
 男が大声で叫ぶ。まもなく、何か動く物に乗せられ、運ばれてた。ひどい眠気に襲われる。
 
「……あまさか……さん?」
 
 
 落ちる直前。けたたましいサイレンだけがやけにはっきりと聞こえていた。
 
 
 
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